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Écrit par : BlackMarines

毎度おなじみ、流浪のBlog、関東黒鴎組通信でございます。
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惜別球人2007 第1回・藤井宏海選手

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年を追うにつれシビアになっていくプロ野球選手という職業。
その中で運の巡り合わせや故障や衰えや実力を発揮できなかったりとか色々な理由で今年もマリーンズを離れる選手のお話をしなければならない時期になってしまいました。
ともすれば私の勝手な思い入れや私的感情が籠りがちで公平な事が書けないかもしれませんが、宜しければお付き合い願えたらと。

第1回としてお送りするのは、余りにも煮え切らない形で打者転向僅か一年、通算4年でチームをリリースされてしまった藤井宏海選手です。
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fujiihiromi2007.gif

入団当時は内野手転向、と言う事で春季教育リーグの時点からニ塁守備に就いていた筈の藤井君が投手として再びブルペンで姿を見たのは2004年シーズン開幕直後の事だった。

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2005/08/02 マリンスタジアムにて。


その当時、三島・成瀬・藤井のルーキー達が揃いも揃って中継ぎによく起用されていた訳だが、目立ったものは無いもののコントロールと安定性がある程度完成されていたのが左の成瀬であり、右の藤井だった。
事実この年の成績は中継ぎとは言え防御率2.05。
途中で戦線離脱した成瀬、三振と同じくらい失点を重ねた三島と較べても、いや近年の二軍投手陣の中でもその成績は際立っている。

要は高卒時点で「完成されていた」投手だったのだ、と思う。
しかしながらその年、40試合に登板し57イニングを投げた事がもしかしたら裏目に出たのかもしれない。

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2006/08/10 浦和球場にて。


翌年からは防御率も急降下。
「投手として特徴が無い」部分が目立つ、というより彼の完成されたスタイルに変化球の出し入れや打者を交わすテクニック等、そういった技術的な上積みが彼に与えられなかった部分と、前述した疲労の蓄積の部分が相乗効果として彼に圧し掛かったのではないか、今となってはそうとしか思えない部分があると思う。

そして2007年、当初の規定路線に戻る形で打者への再転向となる。

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2007/07/29 鎌ケ谷球場にて。


来る日も来る日も佐藤兼伊知コーチと二人三脚で内野の特守に明け暮れ切磋琢磨する姿を、試合前後の練習を見ていらした方なら強烈に覚えている事だろう。
しかしながら、内野手不足のシーズン序盤には出場機会もそれなりにあったものが、上から実力不足と言うことで入れ替わり立ち代り降格してくる渡辺正や塀内、根元辺りが遊撃のポジションを、そして打撃好調な早坂がニ塁のポジションをそれぞれ抑えるようになると、出場機会も途中出場やフューチャーズでの少ない出場機会へと追いやられてしまい、打撃も2割を切る形で不本意なままシーズンを終えることとなった。

そこに来てまさかの戦力外。
しかも野手は藤井君ただ一人。
諸処でも「幾らなんでもそれはないだろう」という意見が目に付いた訳だが、改めて数字だけを見る限り、どうしても彼にとっては余りにも不利な材料となってしまった事は否めない。

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2007/11/07 ジャイアンツ球場にて。


そして二度のトライアウトで、野手として、投手として、そしてプロ野球として最後のアピールを試みる藤井君の姿が、秋の陽を背に輝いていた。
特に投手としての藤井君は、あのルーキーイヤーの時の藤井君だった。
その日好調だった小関ですらも軽く討ち取った第一次トライアウト、そして相手が相手とは言え5者連続三振を奪った第二次トライアウト。
実際に観戦しながら、そして某実況ログをみながら、私は心の中で藤井君の快投に喝采を送っていたものである。

・・・しかしながら、これを書いている現在、これといった獲得球団の話は出ていない。

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2007/09/16 西武第二球場にて。


しかし私は思う。
あと二年、あのひたむきさをプロのフィールドで熟成させる事が出来れば、と。
贔屓目かもしれないが、可能性のある若い選手をこのまま世に埋もれさせてよいものなのだろうか。
いつかきっと、苦労を重ねて藤井君がもう一度戻ってきた「プロのフィールド」で、自分を見限ったマリーンズを見返して欲しい。・・・そう心からそう願って止まない。
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テーマ:千葉ロッテマリーンズ
ジャンル:スポーツ

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