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Écrit par : BlackMarines

毎度おなじみ、流浪のBlog、関東黒鴎組通信でございます。
こんな所を御覧戴いた奇特な紳士淑女な皆様には厚く御礼申し上げる次第でありますよ奥さん。

 (´エカ` )<HBK101
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惜別球人2007 第4回・山崎健投手

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今回は2005年のマリーンズ優勝に際して一番の原動力でありながら、不運な故障とその予後により余り評価されないまま球団を去ることとなったヤマケンさんこと山崎健投手についてお送りいたします。
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マリーンズに入団してきた当初、「やまさき」という投手がまた一人入ってくるのか、という思いと「あぁ、10年前の斎藤雅樹もどきね」という思いしかなかった自分にとって、2004年から2005年前半の彼の投球はまさしく「別人のような投球」だった。

マリーンズが一度失速した2005シーズンの中盤、先発を早く引っ込めて何とか最小失点差で逃げ切りたい場合、必ずそこにヤマケンさんがいた。
あの年YFKなる造語が産まれた訳だが、あの時の「鷹に抜かれて失速した鴎」を支えたのは間違いなくK/Y/Y/F/Kだったと思う。

試合を捨てざるを得ない展開になったら小宮山がそれを担当し、
中盤5・6回から継投せざるを得ない時にはヤマケンさんがそれを担当し、
対左のワンポイントであれば(一応)藤田がそれを担当し、
8回は薮田が担当して、
最後は小林雅英が締める。

あの年、このロールプレイングを徹底し、そしてその役割を皆十二分に果たしたからこその優勝だった筈なのだが、その優勝決戦を前にして、既にヤマケンさんの姿はそこに居なかった。

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2005/09/28 浦和球場にて。


浦和マリーンズが優勝マジック1とした2005年9月28日、ヤマケンさんはブルペンでスクランブル登板を果たした。
右肩の違和感で戦線を離脱した、と言う話であったが、あの登板は見ていた限り、一軍の今後のプレーオフやそれ以降の道筋において起用できるかどうかのテストであった筈であり、見ている分には何の違和感もなかった筈であった。

しかしながら、この日を境に彼の実戦登板をマリーンズで見る事は無かった。

bDSC04340.jpg

その年の秋季練習で、彼は二軍選手と共に浦和球場にいた。
トレーナーと深刻そうに長く話し込んだ後、今は退団してしまった杉原君の投球練習で吉鶴さんと明るくノリツッコミしていた姿を私は未だに忘れる事が出来ない。

そして2006年、ヤマケンさんのポジションを他の投手で埋める事の出来なかったマリーンズは、試合中盤から終盤に掛けての大事な局面で落とさなくてもいい展開で試合を落とす場面が増え、最終的にAクラスに留まる事さえ出来なかった。
2007年、荻野・川崎に加えて小宮山・高木の両ベテランまで投入することでかろうじて2位をキープ出来た訳だが、その最終局面に向けてマリーンズが帳尻体勢へ入ろうとしていた8月19日、球団公式ページにひっそりこんなお知らせが出ていたことに当日自分が気付かなかった事を後に自分は後悔することになる。

フューチャーズ派遣選手についてのお知らせ チームニュース
2007/8/19 (日)

本日19日のイースタン・リーグ・チャレンジ・マッチ、フューチャーズへの派遣選手についてお知らせ致します。

☆8月19日(日)
スワローズ対フューチャーズ(戸田、13:00試合開始)
47 山崎 健
57 佐藤 賢治
64 藤井 宏海


大体フューチャーズってのは入団してチョイな新人選手と育成選手しか登場できない筈という思い込みがあった自分も自分だが、あの時恐らく非常にしょーもない理由(だったような気がするが生憎と記憶が欠落している)で戸田へ行かなかった自分が今もって恨めしい。

▼8月19日(日)
◇戸 田(通算9勝14敗1分)
FT 401 170 201 -16
YS 104 100 000 -6
(1勝2敗)
[フ]大抜(G)、長田(Gw)、山崎(M)、宮本(F)、木谷(E)、松家(SR) - 佐藤(G)、山本(E)
[ヤ]高木、ラミレス・ジュニア、山田裕、石堂、宇野、丸山貴 - 水野
▽本塁打
[フ]中村(E)、吉川(G)



これがヤマケンさんのマリーンズ所蔵投手として最後の登板記録である。
勿論公式戦ではないし、この試合に関して記事検索を掛けても殆どヒットする事は無い。
そして、このシーズンをもって彼には戦力外の通告がなされた。

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2007/11/07 ジャイアンツ球場にて。


今年、YFKと何故か呼称された黄金の方程式のうち、藤田は自由契約後にあっさりと巨人へ移籍決定、薮田はFAでロイヤルズ、小林雅はインディアンズへFAと、選手としてはまぁ輝かしい形でマリーンズを揃って離れていく事になった。

しかしながら何と言う皮肉であろうか、彼等の登板状況をセッティングする為に時として彼等より過酷な登板機会をこなしてきたヤマケンさんが同じ時期にトライアウトで投げようとは。

ここで自分も約2年ぶりに彼のピッチングを見ることが出来たのだが、それは幾ら贔屓眼に見ようとしても「回復途上の入り口にいる状態」としかいえない状況だったし、幾らコントロールだけで打者を手玉に取ったとしてもそれは現状として即戦力とは言えない状況には正直驚きを禁じ得なかった。
年齢的なものもあり、今の彼の肩の状況を鑑みてもそれを黙って支えてくれる侠気のある球団も今や無い状況下で、再度復帰するのは想像以上に困難を極めるであろう。

広島在籍時代を含めて、ヤマケンさんが表舞台で輝いた時期は短かったかもしれない。
しかし、2005年のマリーンズが起こした「優勝」という奇跡を奇しくも眼にした我々は、ヤマケンさんという非常に味のある、心優しいセットアッパーがこの奇跡を支えてくれていた事を絶対に忘れてはいけないと思う。
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テーマ:千葉ロッテマリーンズ
ジャンル:スポーツ

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