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BlackMarines

Écrit par : BlackMarines

毎度おなじみ、流浪のBlog、関東黒鴎組通信でございます。
こんな所を御覧戴いた奇特な紳士淑女な皆様には厚く御礼申し上げる次第でありますよ奥さん。

 (´エカ` )<HBK101
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とりとめのないはなし。(1/16)

「呂氏春秋」第十五巻・第七篇「貴因」にこんな一節がある。
宮城谷さんの長編小説「太公望」のクライマックス直前にこの一節が出ていた訳だが、まず原文を、そして宮城谷さんの解釈と纏め方が絶妙なのでそれぞれ引用させて戴く事にする。

武王使人候殷、反報岐周曰「殷其亂矣」。武王曰、「其亂焉至」。
對曰、「讒慝勝良」。武王曰、「尚未也」。
又復往、反報曰、「其亂加矣」。武王曰、「焉至」。
對曰、「賢者出走矣」。武王曰、「尚未也」。
又往、反報曰、「其亂甚矣」。武王曰、「焉至」。
對曰、「百姓不敢誹怨矣」。武王曰、「嘻」。遽告太公。
太公對曰、「讒慝勝良、命曰戮。賢者出走、命曰崩。百姓不敢誹怨、命曰刑勝。其亂至矣、不可以駕矣」。

(引用ここから・文庫版P.435より)
武王(筆者註:周の武王)は商へ人を遣って商を探らせた。復ってきた者は、
「殷(商)は乱れております」
と、いう。武王がどの程度乱れているかと問うと、その者は、
「讒慝、良に勝つ」
と、表現した。人を中傷する事と隠れて悪事をすることが讒慝であろう。そういう陰険な臣が良臣にまさっている。報告を聞いた武王は、まだまだだな、といった。つぎに往復したものは、
「乱れがひどくなりました」
と、いった。どの程度ひどくなったかといえば、
「賢者出でて走れり」
と、賢者が王朝を去り商から出ている事実を告げた。武王は、まだまだだな、といった。その次に往復した者は、
「乱れに乱れております」
と、いった。すなわち、
「百姓あえて誹怨せず」
と、乱れが極限に来たことを報じた。百姓は農民だけを指さず、人民を言う。誹怨せず、とは、受王(筆者註:殷の紂王)や王朝を誹りも怨みもしない、ということである。商の民は完全に沈黙したのである。それをきいた武王ははじめて反応を異にした。
「嘻(筆者註:ああ)」
とのみ声を発し、すぐにその情報を太公望につたえた。武王に謁見した太公望は、
「讒慝、良に勝つことを、戮といいます。賢者の出でて走ることを、崩といいます。百姓あえて誹怨しないことを、刑勝といいます。乱れはきわまりました」
と、説明し、武王の出師を勧めた。
けっきょく国民が声を失い、ことばが死んだ時、国も死ぬということであろう。
(引用ここまで・文庫版p.436)


この部分を読み進んでいて、何故か「殷」を「日本」と読み替えてしまった。
所詮私も「声を失い、ことばが死んだ」者どものひとりに過ぎない訳だけれども。

「ことば」は死んだが「主義」にもならぬ「主張」ばかりが飛び交っているのが最近の日本、と最近の裁判絡みや他国絡みのニュース記事やそれにレスや感想を寄せた文字群を見たり聞いたり読んだりしていると感じる訳だが、そういう「主張」に付きまとうのは「法的に正しい」「法的に認められている」という表現であるように私は思う。

いささか埃の被りすぎた考え方だと自分でも思うのだが、法とは「五倫五常」がまずあって、そこから逸脱したものから常人を守るものでは無いのだろうか。

自分が正しいと一方的に主張してどんなに理論武装し、今の「法的解釈」で合法たるものであっても、常ならざればそれは道理に反しているとしか言い様が無いし、そこに主張すら超越し威嚇に及んだり果ては武力まで振りかざせば、それはどんなに「主義主張」に正当性を見出せた事があったとしても道理に反する以上「テロリズム」に過ぎない。

昨今日本でも俄にクローズアップされ始めた一部の過激な環境NPOについても言える事だが、自ら伯夷・叔斉のように「消費文明の産する粟なぞ食わん」と宣言し死すまで実践し続けるならいざ知らず、そこに至るまでに色々な資源を原料とする移動媒体に乗り、化石燃料を消費し、化石燃料を主原料とする衣服を纏い、思いっきり消費文明の恩恵を享受しながら遠路はるばる遠洋上に足を運び、環境ナンタラの名の下に威力業務妨害という手段で自己の正統を主張する事に何の「道理」があるのだろうか?

これを基にする問題は非常に根が深い。
例えがちょっとおかしいが、野良猫でも山林でもそうだが過剰に人間が生態系を調節しようとか関与しようとかいう意図について、私はどちらかと言うと否定的な考えを持っている。
(勿論、それを生じるに至った人間の行いは勿論責めを負うべきだとは思うけれども。)
しかしながら、議論を放棄したと言っても良いたった一部の常ならざる、そして道理に外れた者どもの行為は、それを行った者どもの思惑を遥に越えて違う次元の最早議論にすらならぬ心情的な問題に摩り替えられた形で一部で煽られ始めている「ある一連の動き」に油を注ぐだけの話ではないのか。

繰り返す。

自分が正しいと一方的に主張してどんなに理論武装し、今の「法的解釈」で合法たるものであっても、常ならざればそれは道理に反しているとしか言い様が無いし、そこに主張すら超越し威嚇に及んだり果ては武力まで振りかざせば、それはどんなに「主義主張」に正当性を見出せた事があったとしても道理に反する以上「テロリズム」に過ぎない。
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