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BlackMarines

Écrit par : BlackMarines

毎度おなじみ、流浪のBlog、関東黒鴎組通信でございます。
こんな所を御覧戴いた奇特な紳士淑女な皆様には厚く御礼申し上げる次第でありますよ奥さん。

 (´エカ` )<HBK101
= Darker than BlackMarines

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「翔ぶがごとく」を読み終えて

翔ぶが如く〈10〉 (文春文庫)
司馬 遼太郎
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この数日、何年かぶりのことだけれども一気に「翔ぶが如く」を読み進めて、ようやく読了の運びとなった次第であります。
久々に二日くらい徹夜しましたよ。
今の世の中便利なもので、グーグルマップで位置を指定すればそこの航空写真から地形図まで御丁寧に出てくるもので、西南戦争のくだり辺りはそれとにらめっこしながら読んでました。
やっぱり一度実際に踏破してみたいなぁ、植木ー高瀬のラインとか。

そもそも書いた司馬さん自身「西郷と言う存在が判らない」というテーマで書き出している部分があるわけで、改めてあの大河ドラマを見直してこれを読み終えたあとも、アッシのような頭にカビが生えたような知能では到底量りかねるものがあるわけで。
以下、とめどなく思ったことどもを。
島津斉彬時代に「革命家」の情報将校であり、封建時代空前絶後な貴族的政治家であった彼の息吹を知る「西郷吉之助と名乗る偉大なまでの空なる器」と「精忠組」の存在があり、そして対極的な存在として、多分に保守的な典型的殿様思考の持ち主でありながら先代の意思を一応彼なりに守ろうとした次代の国父・島津久光の存在があり、岩倉卿という起爆剤と長州と言う強烈な火薬を駆使してて大久保一蔵と言う存在がそれらをうまく使いだてながらのし上がっていった「明治維新」と言う政権交代劇・「太政官」と言う政治制度のなかで、前述した「大西郷」という大きな空の器が旧薩摩士族を中心とする士族層による不満によって溢れかえってしまい、その器から不満が溢れないようにしていた「大西郷」の中の人がついに抑えきれずに暴発したのが明治十年の西南戦争、というのは誰でも判る話なのだけれども、その肝心要の「大西郷」の中の人自体が余りにも亡羊とし過ぎて掴みきれないんですな。

仮に中の人を「情の濃い思想家」と規定してしまうと、安政年間から倒幕戦直前の姿と倒幕後以降、陸軍大将時代、そして西南戦争時の「大西郷の持つ3つの顔」を全て説明する事が出来ないし、これを「政治家」「軍人」と名を変えて考えても一向に説明を付け辛いですな。
思想家であるならば、江戸時代の薩摩國独特の風土に起因する思考回路とかが加わって、ともすれば戦術を無視した児戯に等しい戦略しか考えられない旧陸軍近衛士官を偏愛し、ともすれば偏りがちな偏愛に行き着いてしまう西南戦争時の西郷の思考が全く理解できないし、政治家であるならば多分に対外的に無理のある征韓論に固執し、維新前夜のような裏工作や権謀術数を駆使する事無く退けられた末に駄々っ子のように鹿児島へ隠遁しようとする西郷の思考が理解できないし、軍人であるならば前述のように桐野達の幼稚な戦略以前の指揮系統になぜ何も言わずに虚しく城山で果てたのかが理解できないのですよ奥さん。

やはり「大西郷という空の器」という人を魅了してやまない存在を大久保は使いこなし、利用価値の無くなった器を持て余しているうちにそれを利用しようとした旧薩摩士族が逆に使いこなせなかった、と書いてしまえば聞こえがいいけれども何か釈然としないのですな。

改めて本書を読み返しても、漠然とした疑問だけが心に残る結果となってしまいました。
もう少し西郷吉之助についての書籍を読み漁って見たい気持ちが沸々とわいてきたので、また図書館でも行って書籍を漁ってこようかいな。
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