À mon sujet

BlackMarines

Écrit par : BlackMarines

毎度おなじみ、流浪のBlog、関東黒鴎組通信でございます。
こんな所を御覧戴いた奇特な紳士淑女な皆様には厚く御礼申し上げる次第でありますよ奥さん。

 (´エカ` )<HBK101
= Darker than BlackMarines

BlackMarines on twitter.
Calendrier
09 | 2017/10 | 11
Di Lu Ma Me Je Ve Sa
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
Archives récentes
Catégorie
Directives
当サイトを御利用されるに当たってのおやくそく。 【ダイジェスト版】

【掲載記事について】

※当サイトはクリエイティブ・コモンズに準拠しておりません。
※過去現在を問わず全ての記事に関する著作権は全て当サイト管理人に帰属します。 (他サイトからの引用記事並びに当サイト内に設置したブログパーツ、外部サイト提供による引用スクリプトを除く)
※部分引用目的以外の記事の改変・転載等の行為を禁止します。
※当サイトのコンテンツを自サイトに取り込む形で表示する行為を禁止します。
※Tumblrお断り。
※各種掲示板等へ当サイト内の記事の引用やリンクを投稿する行為は御遠慮下さい。

【掲載画像について】

※過去現在を問わず全ての掲載画像に関して全ての著作権は当サイト管理人にあります。
※個人/組織・商用/非商用の目的・理由の如何に関わらず当サイト掲載画像のあらゆる複次使用・改変・加工・転載行為を禁止します。
※当サイト掲載画像の他サイトへの直接表示・直接リンクを理由・目的如何に関係なく禁止します。
※各種掲示板等へ当サイトに掲載した画像のリンクアドレスを貼る事を禁止します。

【コメント・トラックバックについて】

※以下の当サイトへの送信行為は御遠慮下さい。

【トラックバック・コメント共通】
・本文と関係の無い内容
・宣伝目的と思われる内容
・悪意のある誹謗中傷を意図した内容
・内容が不適当であると管理人が判断したもの

【トラックバック】
・当サイト内の該当記事への言及リンクが無い記事からの送信
・本文の意図する趣旨とは異なる記事からの送信
・リンク集やニュースサイト、纏めサイト等からの送信
・トラックバックスパムの送信

なお、所謂「トラックバック返し」は行いません。御理解ください。
Search
Archives mensuelles
RSS feed
Bloglinesで閲読登録
Add to Google
はてなRSSに追加
My Yahoo!に追加

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

惜別球人2009 第二回・清水直行投手

IMG_6290.jpg
(2006/09/24 マリンスタジアムにて)


まさかこの企画、序章の画像にはない人物、しかも黒木知宏の離脱以来、色んな毀誉褒貶があったとはいえまがりなりにも「主力中の主力」である人物をこんな形でシーズン終了後第1回の記事として書かねばならない事に正直困惑しています。


※彼に対する評価や想いは色々あることと思いますが、
以下、個人的な感想が濃厚なまま文章を進めます。
DSC05448.jpg
(2006/3/25 ロッテ浦和球場にて)


思うに、彼が一般にエースの背番号とされる「18番」を付けてしまった事が、彼にとって最大の不幸だったように私は思うのです。

高橋薫の「14」、清水直行の「18」、戸部浩の「17」。

ルーキー・イヤーの2000年、神宮のオープン戦で三社揃い踏みの登板をした時、「この3人が戦力になってくれれば…」と心の底から期待をしていたのをふと思い出しました。

しかしながら石井浩郎は弁当の呪いにかかり、ジョニーは近藤時代の孤軍奮闘が祟り2001年を境に長期離脱、小野晋吾も腰痛で2001年を境に長期低迷、高橋薫は二軍登板中のアクシデントで引退、戸部浩も突発性被弾症候群から抜け出せないまま二軍のエースから楽天へ移籍。

結局独り残ったのが、エースナンバー「18」を背負った清水直行でした。
そして一人ぼっちで歩み続けた2000年から2009年まで、良くも悪くも千葉ロッテ・マリーンズは「清水直行の時代」であった事を我々は絶対に忘れてはなりません。

優勝した2005年もそうでしたが、彼が絶対的なエースであった事はなかったと私は思います。
しかしながら、独りぼっちでチーム投手陣を影から支え続けてきた清水直行投手に対して、我々は物足りないものを感じながらも、それでも感謝の念を抱かずにいられないのです。

DSC03520.jpg
(2005/9/22 マリンスタジアムにて)

それだけに2005年9月22日、初芝神の引退試合で序盤に大量失点してしまった清水直行に対して罵声やブーイングを浴びせた人々の事を私は「ロッテファンではない」と心底思っています。
彼の上に黒木が故障せずに居て、小宮山が横浜や海の外に行かずに居て、伊良部が海の外や阪神に行かずに居れば、彼はもっともっとスケールの大きい投手になっていたと私は思います。

確かに元々の球威の凄さが、30代を過ぎての制球力重視へシフトする「モデルチェンジ」を阻んだことが、肝心な場面の被弾率の異様な高さに繋がったと思うし、上体に頼ったマリーンズ投手陣独特の投球フォームが行ったいったの投球に終始させた、とか問題点は彼自身に多々あったと思います。

DSC03965.jpg
(2005年10月3日 ジャイアンツ球場にて)

しかし、色んな雑音や罵声や不幸に対して臆することなく、清水直行投手はチームのために尽くしてくれた事を我々は絶対に忘れてはいけません。

そして今日、那須野と斉藤との交換トレードで彼は、横浜へ移籍します。
9年前、あの時神宮で抱いた希望は、今日これで完全に露と消えました。

ボビー時代の終焉と共に、またひとつ、「時代」が終わりました。

そして、ひとつの時代を受け継ぐ人物が、今の千葉ロッテマリーンズにいるのでしょうか。
唐川君や大嶺君にいきなり背負わすには、余りにも酷過ぎます。
何を考えてロッテ球団が今回のトレードを考えたのか、素人な私にはさっぱりわかりません。
ただ一つ判ることは、

この球団は「時代の断絶」を産む事はあっても

絶対に「時代の継承」をさせることがない


、という事です。

たかが一ファンが何を言ったところで何が変わるわけではありません。
金銭的な部分は仕方ないかもしれませんが、とかくチームの功労者への扱いの悪さは、長期的に見て良い素材がロッテ球団に入る上でネックになる、と言う事は今までの事で散々わかっているはずなのに、どうしてこの球団は学習をしないのでしょうか。
今年だけでも、久保君の件や今回の直行さんの件に、ボビーの件でもベニーの件でも球団は「オトナの対応」をしなさ過ぎです。

そんな事を続けていけばいつか、選手からも、そしてファンからもそっぽを向かれる球団へ、このロッテ球団は逆戻りしてしまいますよ。

もう、流しソーメンの時代には戻れないのです。
そうなった瞬間、ロッテ球団はこの世の中から無くなるのでしょうから。

2009/11/09
清水直投手と横浜ベイスターズ那須野投手・斉藤選手のトレードについて(ソース・鴎公式)

清水直行投手(34)と横浜ベイスターズ・那須野巧投手(27)、斉藤俊雄選手(25)との交換トレードが成立しましたのでお知らせします。
11月15日より千葉マリンスタジアム内にて入団会見を行う予定です。なお、背番号は入団会見同日に発表します。

清水直投手コメント
「これまで10年間、お世話になったオーナー、オーナー代行、そしてオーナーの家族の皆様、ロッテグループ関係者、千葉ロッテマリーンズ関係者に本当に感謝をしています。
また、この10年間、スタンドから温かいご声援を下さり、見守ってくださったロッテファンの皆様にも感謝の気持ちを伝えたいと思います。ファンの皆様の応援が僕をここまで育ててくれたと思っています。千葉マリンのマウンドからファンの方々の声援を感じながら投げる事が出来たのは本当に幸せな日々だったと感じています。
これから投げるマウンドは変わりますが、ロッテ時代と同じく野球の素晴らしさを伝えていくために投げていくつもりです。そして、これまで10年間、僕に最高の野球環境を提供してくれたオーナーをはじめとするロッテ関係者の皆様に対する感謝の気持ちを込めてマウンドに上がりたいと思います。
2010年、千葉ロッテマリーンズと対戦できる日を楽しみにしながら精一杯頑張ります。」

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。