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BlackMarines

Écrit par : BlackMarines

毎度おなじみ、流浪のBlog、関東黒鴎組通信でございます。
こんな所を御覧戴いた奇特な紳士淑女な皆様には厚く御礼申し上げる次第でありますよ奥さん。

 (´エカ` )<HBK101
= Darker than BlackMarines

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惜別球人2006 第7回・林孝哉選手

今回はホークス・ファイターズ・マリーンズを渡り歩いたさすらいのベテラン、林孝哉選手を取り上げます。

2003年から4年連続してイースタンリーグでの優勝を経験しているため、一部ではファームの優勝請負人と言われている。
(中略)福岡ダイエー時代から小久保裕紀と親交が深く、木佐貫洋、斉藤和巳らとともに小久保組を形成している。
また、イチローとは二軍時代から非常に仲が良かった。イチローが一軍に上がって活躍していた頃、林は二軍生活を送っていたが、バットやグラブなどの専属メーカーを持たなかった林に対し、イチローは自身のグッズをプレゼントしていた。イチローモデルのグッズを他の選手が使うことはまず有り得ないといわれるほどイチローはグッズに拘っていたが、林は例外であった。
林啓介が同じチームに在籍しているため、スコアボード上や新聞の表記は「林孝」と表記されている。
現役最終年もファームはイースタン・リーグ優勝を成し遂げた。林は最後の最後まで「優勝請負人」だった。
(以上、wikiペディアより引用)


「二軍大王」という言葉があるかどうかは分からないが、林選手を何かに当てはめるとすればやはり「二軍大王」なのかもしれない。
上記の作表を御覧になっても分かるように、二軍での成績と一軍での成績にこれほど圧倒的な差がある選手も珍しい。
旧ダイエー時代、2000年に代打の切り札的存在で一躍のし上がったものの長続きせずに日本ハムへ田口選手とのトレードで移籍。しかし思う様上では結果を残せなかったものの、当時最強だった鎌ケ谷ファイターズの優勝に大きく貢献、マリーンズにテスト入団しても尚浦和マリーンズの優勝に貢献する事になるとはなんと言う皮肉だろうか。

独特の下半身が突っ立ったドアスィングが特徴だったが、やはり踏み込んで打っていかないと対応できない上での一線級相手ではやはり打撃で力負けしていた。
そのせいかマリーンズでの2年間、曽我部、竹原と双璧なくらい「使われずに瞬殺で降格」され幽閉された林選手。
シーズンも大詰めとなり、浦和マリーンズが優勝を決めようか、という頃に、寡黙な林選手が遊撃に入る根元君に対してしきりに状況状況毎の守備位置を細かくアドバイスしていた事を思い出す。
また一人、味のある男がマリーンズを、去った。
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