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Écrit par : BlackMarines

毎度おなじみ、流浪のBlog、関東黒鴎組通信でございます。
こんな所を御覧戴いた奇特な紳士淑女な皆様には厚く御礼申し上げる次第でありますよ奥さん。

 (´エカ` )<HBK101
= Darker than BlackMarines

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惜別球人2006 第8回・杉原洋選手

今回は好素材ながら度重なる故障で充分な働きが出来なかった杉原洋投手を取り上げます。
2004年春、浦和のブルペンで私は衝撃を受けた。
見たことの無い投手が、ブルペンで重いストレートを綺麗なフォームで投げていたのを観てしまったのだ。
今まで大成しなかった社会人投手や他球団のロートルとは明らかに「質」が違う、活きのいい彼にふと見とれてしまった事を思い出す。
帰宅して選手名鑑を開けば「55 杉原洋 投手」とあった。

それが杉原君との出会いだった。
ドラフト三位、という評価もうなずける、この潜在的素質を秘めた彼の成長を早く見たい。他のドラフト入団者よりも、伊良部以来の高卒剛球投手がマウンドに舞う様を、私は思い浮かべていた。

それが狂ったのは2005シーズン、春のキャンプだった。
新しい様式の公式球への対応に苦しむ高卒ルーキー達の真っ只中に、彼はいた。
思う様指にかからずに思いっきり右打者インハイにすっぽ抜けるストレート。
思えばそこから彼のフォームもおかしくなったのかもしれないし、そこから絶えず始まる故障との日々も始まったのかもしれない。

私が久々に実戦のマウンドで杉原君を見たのは2005年も8月に入ったマリンスタジアムでの公開試合だった。
社会人のJR東日本相手に登板したのだが、あれだけ重くて走っていたはずのストレートの球速が130km/h前後に落ちてしまっていた。
完全に復調していた木興君や藤井君と比較しても大きく遅れを取っているのが分かったのが、何よりも悲しかった。

2005年の秋季キャンプ。
イジる事に関しては神の領域である吉鶴&吉留コンビ相手に杉原君は必死にフォーム矯正に挑んでいた。
その模様は上記リンク先の記事を読んでいただくことにして、とにかく膝に体を上手く乗せる方法、そして踏み出す足幅についてこれでもかと言う位みっちりとコーチングされている様を観て、「これで来年は行けるな」と一人頷いたものである。

しかし2006シーズン、そこに杉原洋という名は、無いに等しかった。

浦和がM1で迎えた2006年9月22日、彼がブルペンで投げている様を海老名での対シーレックス戦以来、久々に眼にした。
前日、火達磨になりKOされたとは思えないストレートを投げていたのが印象的だったが、図らずもこれがマリーンズで最後の杉原君の投げる姿となってしまった。

昨年の田中良平の復帰登板即大炎上と比較するのは良平君には酷かもしれないが、もう一年チャンスを上げて欲しかったと切に思う。それだけ千葉ロッテマリーンズというチームが強くなった、と言えば実も蓋も無いのだが、あの入団時の剛球を知っている者として、今回の杉原君のリリースには切なく、悲しく感じられてやまない。

出来るならもう一度、プロのフィールドで自分を見捨てたマリーンズを見返して欲しい。
そしてあの剛球をもう一度、我々の前で見せ付けて欲しい。
私の願いです。
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