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BlackMarines

Écrit par : BlackMarines

毎度おなじみ、流浪のBlog、関東黒鴎組通信でございます。
こんな所を御覧戴いた奇特な紳士淑女な皆様には厚く御礼申し上げる次第でありますよ奥さん。

 (´エカ` )<HBK101
= Darker than BlackMarines

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竹清剛治が、まだ現役で投げていた件について。

最近浦和のマジック点灯以外転倒しっ放しのネタしか耳に入らない私には非常に新鮮、かつ嬉しい記事が舞い込んで来ましたよ奥さん!


期待の社会人ドラ②と期待されながら先発で結果を残す事が出来ず、マリーンズでの現役生活終盤にやっと、セットアッパーとしての活路を見出しかけたまま敢無くチームを去らざるを得なかったあの竹清投手が台湾で2勝目を挙げたと言う。

何と嬉しい事だろう。
一度現役を引退して再び掴んだプロでの登板機会。
現役時代が余りにも輝かなかっただけに、これからも頑張って欲しい所ですね。

そういえば、名スカウトにはなったが余りにも転身が早すぎた松本尚樹内野手や、まだまだやれるのに阪神に追い出された生え抜きの元祖セットアッパー吉田篤史投手、余り活躍できなかったとは言え簡単にリリースされた礒恒之投手に、巨人から出戻った元・西武キラーの榎“ボンバヰエ”康弘投手(現・打撃投手兼広報)とか、この時期に所属していた殆ど全ての選手には何故か「愛着」がありましたな。

「多分無理だろうけど、とにかく頑張れ」的な「愛」と言いますか、もうその頃に「ツンデレ」の素地が出来ていたのでしょう。…それはまぁともかくとして、竹清君もその一人でございました。

え?竹清?誰?

…そうか知らない世代もいるのですな。

では改めて竹清君の御紹介を。


(wikiペディアより)
竹清 剛治(たけきよ こうじ、1974年11月12日 - )は、大阪府高槻市出身の台湾プロ野球・興農ブルズに所属する投手。背番号は58。(筆者註:マリーンズ時代は「11」。)
* 身長/体重:182cm/82kg
* 球暦・入団経緯:平安高 - 三菱自動車京都 - ロッテ(1997年 - 2002年)- 中国ホープスターズ(2006)- 興農ブルズ(2006途中)
* ドラフト年度・順位:1996年2位
* 投打:右投右打

千葉ロッテマリーンズ時代は即戦力の投手として期待されていたが、1年目から大きく負け越し。さらに当時のチーム事情から使い方が一定せずに成績も大きく伸び悩み、最後の2年間は右肩の故障・手術により1軍登板がなかった。ロッテ退団後は実家の花屋を継ぐ傍ら、草野球を続けていたが、2006年から中国野球リーグ・中国ホープスターズに投手兼任コーチとして入団する。同年7月には興農ブルズにテスト入団した。



印象としては一昔前の薮田と昨年の神田と3年前の戸部を足して丁度3で割った感じの投手…ってそれはちょっと…。

あの頃はまともに教えられる環境じゃなかったし、第一ドラフトが「社会人で即戦力、それで使えなければ放置、それでなければ他球団のロートルで補充」な今では考えられないほどお粗末な編成ぶりだったので、今この時期に竹清投手が入団していれば、もしかしたら薮田以上のセットアッパーになっていたかもしれませんね。

…ともあれ、花屋からプロに再転身した竹清投手、球威が無くともコントロールさえあれば、ヤマケンさんのポジション的に使えないんですかねぇ…とまるでエカさんが憑依したような思考が巡ったのは気のせいですかな、ゲフッゲフッ!…
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