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Écrit par : BlackMarines

毎度おなじみ、流浪のBlog、関東黒鴎組通信でございます。
こんな所を御覧戴いた奇特な紳士淑女な皆様には厚く御礼申し上げる次第でありますよ奥さん。

 (´エカ` )<HBK101
= Darker than BlackMarines

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惜別球人:第7回・曽我部直樹選手

記憶が定かでないのだが、東京ドームで新人戦があり、そこで話題の曽我部選手を見たのが私の曽我部選手との出会いであった。
(何せファミスタが野球ゲームの代表だった時代の話なもんでWEB上の資料がないに等しく、詳しく思いだせんのですよ…)

もっとも、俺の感想は強肩でも何でもなく、「あ、サンジルシ。」だった。
(いや、入団前サンジルシ醸造という所に所属していたのが妙に心の中で引っ掛かっていただけの話なんだが)

今回は、10年近くの紆余曲折を越え、縁あってマリーンズの一員として今季のファーム日本一に貢献しながらも今季戦力外になった、某浦和スレ等でも退団を惜しむ声が強かった曽我部直樹選手の足跡を追いかける事にする。
高校時代は県大会ベスト8、大学時代は愛知大学リーグ(2部)制覇、とさして目立った球歴もなく、社会人・サンジルシ醸造に所属。
ずーっと気になっていたんだが、三重県は桑名の醤油とかお味噌作ってる会社なんですな。赤だし味噌は結構好きなんだがカミサンは濃い味嫌いだから絶対使ってはくれるまい。
…話が逸れた。
特にサンジルシ醸造のチーム自体が都市対抗に出場した訳でもなく、阪神入団の過程が今となっては分からず、手元資料が決定的に不足してるのでここら辺省略させてもらいます。
(もしお分かりの方、いらっしゃいましたら情報を下さい。)
阪神時代、イースタン本塁打王を獲得しているが、この時期のウエスタンリーグは本塁打数が異様に低く、長打力、という点でタイトルホルダー、と言われても今となっては「?」が付いてしまうのは否めない。
2000年、本塁打13本で1回目の本塁打王に輝いた訳だが、率.248・本13・点44と言う成績で、同じ13本でも後に故障さえなければ不動の4番になったであろう濱中治(現:濱中おさむ)の率.327・本13・点44に比べると「確実性」において劣るものが見られる。
翌年も13本でウエスタン本塁打王を取っている訳だが、やはり打率が二軍レベルで打率が.280以上行かないと、上でのアピールとしては「打撃の確実性」と言う意味では厳しいものがあったであろう。
そうこうしているうちに某掲示板経由で「新庄(現:SHINJYO)より肩の強い日本一の鉄砲肩」という噂だけが一人歩きするようになった。
多分、彼にとっての「旬な時期」はここら辺であったのだろう。
その頃の阪神と言えば、暗黒時代末期の野村政権。
F1セブン(そういや平下は5号車でしたっけ)と外野人余り状態の一歩手前だっただけに、典型的な「率の低い一発屋」の割り込む余地は少なかったのかもしれませんね。
更に星野政権となった2002年シーズン終盤、アキレス腱を断裂すると言う致命的な負傷を負ってしまい、03年末に自由契約となり、マリーンズに移籍。
ここで見返してやりたいという意地が曽我部選手にも出たのであろう、2004シーズン序盤は安打数を重ね絶好調であった。
その頃の千葉マリーンズ本体は打撃陣が軒並み壊滅し、全く打てない波留敏男に固執したり、原井和也に固執したり、浜名千広に固執したりと浦和ばっかり見ている私は某浦和スレで「何で曽我部使わんの?」と叫んだりしていたもんだが、そうこうしている内に打棒も湿り出し、一軍がやっと調子を取り戻した頃に昇格したものの無安打で瞬殺浦和強制送還にあってしまう。
「オセェよ!」と思ったもんだが、4月中盤までに昇格が出来ていれば少なくとも05シーズンの代田の復帰は無かったんじゃないかな?と今になると思う。もっともこの「タラレバ」の運も選手の実力の内と言われればそれまでなんだけれども。
そうこうしているうちに立川隆史とのトレードで途中入団した平下晃司が瞬間最大風速を吹かせてプチブレイクしてしまい(結果的には平凡な結果に終わったが)、浦和で置いていかれたまま半ば飼い殺し状態のままでアキレス腱断裂前の記録を上回る打撃成績を残せたのはガッツのある証拠である。
こういうタイプの人こそ、昨年序盤のマリーンズに必要だったんだが?
崖っぷちの2005年シーズン、大松尚逸・竹原直隆の浦和における桁違いの活躍によりすっかり代打・守備固め起用にまで追いやられた曽我部。
しかし、その激減した出場機会にもかかわらず、生涯最高打率を叩き出した所が曽我部の最後の意地だった。

結局「上司が使いどころを間違えた」典型的な起用ミスが祟ったのと打撃の確実性、そして年齢的な理由、外野の人余り等々の理由が重なり、今季の戦力外となった。
実際に残した成績以上にファンの期待が一人歩きしたままで終わるわけには行くまい。新天地での最後の一花を、是非ファンの為にも、咲かせて欲しいと思う。
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