信濃國紀行 其乃参 飯田に川本喜八郎の精神を観る
諏訪-高遠-飯田を正直チャッチャと観て廻れば、日暮れすぎには横浜に帰ってハマスタでナイターでも、とか安易な思い付きで始めたこの企画。
前回の終盤、高遠城勘助曲輪の時点で時計を見れば既に午後3時をとうに過ぎ、ナビに飯田への到着時間を聴けば午後4時30分と言う。
もうハマスタは諦め、何とか飯田を日が暮れる前に出立したい。
こんな思いと「人形劇・三国志」の人形達に逢いたい想いが交錯する中、車は進むよ、飯田の町へ。
高遠からなだらかなダラダラ坂を下ると、伊那谷に出る。
丁度天竜川を底として、その側を縫うように飯田線が走る。
丁度伊那北駅の側を通りかかったので電車でも取れないかと思ったのだが、今から40分以上待たないと電車は来ないらしい。
直ぐ来るようならここで車を降りて飯田線ツアーにする手もあったのだが、これではしょうがない。
再び伊那谷の反対側の谷を車は登るのだがこれがまた急勾配。
チャリンコ界で言うところの「心臓破りの坂」といったところか。
結構長い距離を上りきって中央道へ。
天気予報が今日以降微妙、とあったとおり、高遠でいい小春日和だったものが次第に雲が掛かって薄暗くなっていく。
焦る気持ちを抑えて、一路飯田へ。
飯田の町もまた、地政学的にみて非常に興味深い。
手前には川、川の側に断崖絶壁、河岸段丘上にある飯田の街と城、そして山の手に登る為のごく限られた登坂手段。
飯田線もこの崖を避けるように旧市街の外れを通りながら大蛇行しているのがお分かりいただけるだろうか。
その旧市街、碁盤の目のように整った通りの中にひっそりと、川本喜八郎人形美術館の入った建物が建っていた。
1階が観光案内所となっており、美術館開館当初の三国志キャラ的ポスターが色々並んでいる。欲しい…。
建物の壁面にある美術館のロゴにはしっかりと孔明の影が。
いや待て、これも孔明の罠か?
入口の階段を2階へ上ったところにエントランスが。
もう孔明様のお姿でおなか一杯になり失神しそうな心を抑えて入口を入ってみれば…。
RENGE.Iキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!
我が名は関羽雲長キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!
興奮する私を見て、受付をされている気品のある御婦人が「あれはレプリカで、本物は中の展示室にありますよ」と優しく教えてくださいました。
恐らく何十人と自分のいる受付前で我を忘れて興奮しているお客さんを見てきたのでしょうか、お話好きな事もあるのでしょうが、三国志談義をそのままご婦人と15分以上しておりました。
聴けば館内はこの関羽様以外の展示されているお人形さんは撮影禁止とか。無念…。せめて趙雲様と曹操様と呂布様の青々とした剃り跡だけでも撮りたかったorz
受付から館内の階段を上がると、そこが展示室のようなのですが肝心の人形さんが見えません。
あるのは全裸の紳々の操り人形。
これもまた孔明の罠であったかぁぁぁぁぁ!
…独り勝手に憤っている様を見かねて、館内案内係のオバちゃんが私を呼び止めて案内してくれました。
本当の展示室は人形自体と着衣の色劣化を防ぐ為に、仄かに暗い、空調の効いた展示室を設けて鎮座ましていました。
威厳のカケラのなかった袁紹さんや、でっぷり太った董卓さん、呂布もいます。
黄色のスカーフのない夏候淵さんや出番を大幅に奪われた夏候惇さん、相変わらず華麗な赤一色のガンガングイグイズイズイ丞相・曹操閣下。
劉備亡き後の「黒孔明(オバちゃん談)」に同人誌作家の淑玲さん、何時までも若々しい趙雲さんに白マントを羽織ってない錦馬超さん。
まだ孔明に恨みを持ってるとしか思えない美周郎さんに貞姫さんに老将黄蓋さん、私の名は、さじげーんほぉーな白髪の方や紳竜コンビもいて、主要キャストが眼の前で鎮座ましている様は、これは到底言い表せぬ感慨とともに溜め息として口から流れ出るのみです。
やはりそうやって展示室に入るなり口をアングリ開けたまま呆然と立ち尽くす三国志ヲタを何人も見てきたのでしょうか。
先ほど案内してくれたオバちゃんも待ってましたかと言わんばかりに三国志トークに華が咲きます。
・着ているものは全て錦の和服の留め帯から
・皮膚は豚の皮をなめして作ったもの
まぁ大小薀蓄を色々伝授してもらっている内に、もう1時間以上ここに滞留している事に気が付きました。殆ど浦島太郎の感覚です。
ただお互い話していて思ったのですが、やはり放映された時の人形の躍動感が無いとというか魂が抜けてしまったのか、みんな「安らかな顔をしている」というのが興味深かったですね。
いかに製作時において操演者の方々が迫真の演技をこの人形達に込めていたのかを偲ばせる、本当にいいモノを見せてもらったんだなと言う感慨を覚えた事でありますよ。
時間も時間なんで泣く泣く退散し…ようと思ったら、階下で川本氏のインタブーが流れていたのでまたじっくり見る羽目に。
赤壁の戦いで操演者の方々が水に使りながら本番を迎えていた話とか、人形に纏わるエピソードのエトセトラとか、お父さんもう悶え死に寸前ですぜ。
あ、一応展示場の略図を作っておきました。
上下に分けてますが、蜀の右側に呉の展示がある、とお考え下さい。
余りの名残惜しさに、またしても入口の関羽さんをパチリ。
8月には孔明様に入口の展示が変わるとの事。
レンジイシバシファン、もとい、関羽ファンの方は今のうちですよ。
なんてったって関羽様の後ろに廻ったり、関羽様に見下ろされる展開なんて一生に何度もありませんがな。
それこそ青龍偃月刀でバッサリですよ奥さん。
売店では海洋堂のフィギュアが少量ありましたが、出来が思ったより…なので回避。
リボルテック・関羽とかリボルテック・呂布なんて出た日にゃアタシャ玄関に飾りますよ、冗談抜きに。
その代わり、こういうのがありました。
もう少し三国無双にハマるのが早ければ、
しゃっ!しゃっ!しゃっ!
ほぉっ!
を実践したかったのですが。惜しいことしたな。
まさか、光栄ファンを狙ってこんなものを…またしても孔明の罠か!
まぁ泣く泣く出てみればもう夕日がガンマン風味に照らしておりまして、どう見ても行きと同じ行程で帰ろうとすれば暗闇の峠道を走らにゃイカン訳で、これは流石に怖い。
まぁケチらずに八王子まで中央道で帰ろうか、と言うことに衆議一決し、って独りしかいない訳ですが取り敢えず飯田駅と飯田城へ寄ってみようと再び車を走らせました。
まぁ夕方5時だと言うのに飯田の駅前には人の気配が殆どありません。
10年前のマリーンズ戦のある日でメッセに行事が無い、平日の海浜幕張駅より閑散としています。
新興住宅地は旧市内よりも谷を越えたインター側に出来ている事もあるのでしょうか、これは寂しい風景です。
駅構内に入場券で入ってパチリ。
旧型国電とか、まだ水色塗色の時代にここに来れたらなぁ、という気持ちが沸々と湧き上がりました。
あと飯田城も附近まで行って見たのですが、余りの人のいなさ過ぎに恐れを為して退散しました。どうみてもヘタレです、あr(ry。
今度来る時はもっと早い時間帯に、そしてゆっくりと散策したいですね。こんなマターリとした空間はなかなか見られません。
いい意味でまだ観光地化されていない小京都的なイメージが心に焼き付いて離れません。
また行くぞ、今度は孔明を撮りに。
丁度天竜川を底として、その側を縫うように飯田線が走る。
丁度伊那北駅の側を通りかかったので電車でも取れないかと思ったのだが、今から40分以上待たないと電車は来ないらしい。
直ぐ来るようならここで車を降りて飯田線ツアーにする手もあったのだが、これではしょうがない。
再び伊那谷の反対側の谷を車は登るのだがこれがまた急勾配。
チャリンコ界で言うところの「心臓破りの坂」といったところか。
結構長い距離を上りきって中央道へ。
天気予報が今日以降微妙、とあったとおり、高遠でいい小春日和だったものが次第に雲が掛かって薄暗くなっていく。
焦る気持ちを抑えて、一路飯田へ。
飯田の町もまた、地政学的にみて非常に興味深い。
手前には川、川の側に断崖絶壁、河岸段丘上にある飯田の街と城、そして山の手に登る為のごく限られた登坂手段。
飯田線もこの崖を避けるように旧市街の外れを通りながら大蛇行しているのがお分かりいただけるだろうか。
その旧市街、碁盤の目のように整った通りの中にひっそりと、川本喜八郎人形美術館の入った建物が建っていた。
1階が観光案内所となっており、美術館開館当初の三国志キャラ的ポスターが色々並んでいる。欲しい…。
建物の壁面にある美術館のロゴにはしっかりと孔明の影が。
いや待て、これも孔明の罠か?
入口の階段を2階へ上ったところにエントランスが。
もう孔明様のお姿でおなか一杯になり失神しそうな心を抑えて入口を入ってみれば…。
我が名は関羽雲長キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!
興奮する私を見て、受付をされている気品のある御婦人が「あれはレプリカで、本物は中の展示室にありますよ」と優しく教えてくださいました。
恐らく何十人と自分のいる受付前で我を忘れて興奮しているお客さんを見てきたのでしょうか、お話好きな事もあるのでしょうが、三国志談義をそのままご婦人と15分以上しておりました。
聴けば館内はこの関羽様以外の展示されているお人形さんは撮影禁止とか。無念…。せめて趙雲様と曹操様と呂布様の青々とした剃り跡だけでも撮りたかったorz
受付から館内の階段を上がると、そこが展示室のようなのですが肝心の人形さんが見えません。
あるのは全裸の紳々の操り人形。
これもまた孔明の罠であったかぁぁぁぁぁ!
…独り勝手に憤っている様を見かねて、館内案内係のオバちゃんが私を呼び止めて案内してくれました。
本当の展示室は人形自体と着衣の色劣化を防ぐ為に、仄かに暗い、空調の効いた展示室を設けて鎮座ましていました。
威厳のカケラのなかった袁紹さんや、でっぷり太った董卓さん、呂布もいます。
黄色のスカーフのない夏候淵さんや出番を大幅に奪われた夏候惇さん、相変わらず華麗な赤一色のガンガングイグイズイズイ丞相・曹操閣下。
劉備亡き後の「黒孔明(オバちゃん談)」に同人誌作家の淑玲さん、何時までも若々しい趙雲さんに白マントを羽織ってない錦馬超さん。
まだ孔明に恨みを持ってるとしか思えない美周郎さんに貞姫さんに老将黄蓋さん、私の名は、さじげーんほぉーな白髪の方や紳竜コンビもいて、主要キャストが眼の前で鎮座ましている様は、これは到底言い表せぬ感慨とともに溜め息として口から流れ出るのみです。
やはりそうやって展示室に入るなり口をアングリ開けたまま呆然と立ち尽くす三国志ヲタを何人も見てきたのでしょうか。
先ほど案内してくれたオバちゃんも待ってましたかと言わんばかりに三国志トークに華が咲きます。
・着ているものは全て錦の和服の留め帯から
・皮膚は豚の皮をなめして作ったもの
まぁ大小薀蓄を色々伝授してもらっている内に、もう1時間以上ここに滞留している事に気が付きました。殆ど浦島太郎の感覚です。
ただお互い話していて思ったのですが、やはり放映された時の人形の躍動感が無いとというか魂が抜けてしまったのか、みんな「安らかな顔をしている」というのが興味深かったですね。
いかに製作時において操演者の方々が迫真の演技をこの人形達に込めていたのかを偲ばせる、本当にいいモノを見せてもらったんだなと言う感慨を覚えた事でありますよ。
時間も時間なんで泣く泣く退散し…ようと思ったら、階下で川本氏のインタブーが流れていたのでまたじっくり見る羽目に。
赤壁の戦いで操演者の方々が水に使りながら本番を迎えていた話とか、人形に纏わるエピソードのエトセトラとか、お父さんもう悶え死に寸前ですぜ。
あ、一応展示場の略図を作っておきました。
上下に分けてますが、蜀の右側に呉の展示がある、とお考え下さい。
余りの名残惜しさに、またしても入口の関羽さんをパチリ。
8月には孔明様に入口の展示が変わるとの事。
レンジイシバシファン、もとい、関羽ファンの方は今のうちですよ。
なんてったって関羽様の後ろに廻ったり、関羽様に見下ろされる展開なんて一生に何度もありませんがな。
それこそ青龍偃月刀でバッサリですよ奥さん。
売店では海洋堂のフィギュアが少量ありましたが、出来が思ったより…なので回避。
リボルテック・関羽とかリボルテック・呂布なんて出た日にゃアタシャ玄関に飾りますよ、冗談抜きに。
その代わり、こういうのがありました。
もう少し三国無双にハマるのが早ければ、
しゃっ!しゃっ!しゃっ!
ほぉっ!
を実践したかったのですが。惜しいことしたな。
まさか、光栄ファンを狙ってこんなものを…またしても孔明の罠か!
まぁ泣く泣く出てみればもう夕日がガンマン風味に照らしておりまして、どう見ても行きと同じ行程で帰ろうとすれば暗闇の峠道を走らにゃイカン訳で、これは流石に怖い。
まぁケチらずに八王子まで中央道で帰ろうか、と言うことに衆議一決し、って独りしかいない訳ですが取り敢えず飯田駅と飯田城へ寄ってみようと再び車を走らせました。
まぁ夕方5時だと言うのに飯田の駅前には人の気配が殆どありません。
10年前のマリーンズ戦のある日でメッセに行事が無い、平日の海浜幕張駅より閑散としています。
新興住宅地は旧市内よりも谷を越えたインター側に出来ている事もあるのでしょうか、これは寂しい風景です。
駅構内に入場券で入ってパチリ。
旧型国電とか、まだ水色塗色の時代にここに来れたらなぁ、という気持ちが沸々と湧き上がりました。
あと飯田城も附近まで行って見たのですが、余りの人のいなさ過ぎに恐れを為して退散しました。どうみてもヘタレです、あr(ry。
今度来る時はもっと早い時間帯に、そしてゆっくりと散策したいですね。こんなマターリとした空間はなかなか見られません。
いい意味でまだ観光地化されていない小京都的なイメージが心に焼き付いて離れません。
また行くぞ、今度は孔明を撮りに。
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