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BlackMarines

Écrit par : BlackMarines

毎度おなじみ、流浪のBlog、関東黒鴎組通信でございます。
こんな所を御覧戴いた奇特な紳士淑女な皆様には厚く御礼申し上げる次第でありますよ奥さん。

 (´エカ` )<HBK101
= Darker than BlackMarines

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惜別球人2006 第12回・ヴァレンティーノ・パスクチ選手

「インカビリア以来最強のネタ外人」

「神戸牛パワー」

「P様」

の愛称でネタ系マリーンズファンを魅了したヴァル・パスクチ選手がついにリリースされました。
今回は彼の偉業を惜別球人企画の形で偲ぼうと思います。

2005年のOP戦。

我々は度肝を抜かされた。
軽々と振ったバットから放たれたボールは、軽々とマリンスタジアムのレフトスタンドへ素晴らしいアーチを掛けて飛び込んでいった。
マット・フランコが年齢的な事と考え合わせて一年使えるかどうか微妙な状況だっただけに、このスキンヘッドの大男の登場はマリーンズの「大砲巨艦主義」への政策転換への大きな大一歩となるだろう、そう確信した記憶がある。

しかしそれは、これから2年の間繰り広げられた、壮大な「釣り」である事に誰も気付かなかった。
更に言えば、そのデリック・メイを裏返しにした「一見気の無い打撃フォーム」を見て、我々は気付くべきだったのだ。
恐らくその当時の我々に今日起こった事を話せば、

「そんなエサでは釣られないクm(ry」

と一蹴されたに違いあるまい。

しかし、その馬脚は開幕直後に早くも現れた。
アウトハイやや甘めの球威の足りない直球以外まるで打てず、外角の変化球にまるで対応できず、インコースの直球をまるで打てない、それは「ダメガイジン」の典型の、その姿に落胆と失望は隠せなかった。

更に言えば、それはその後の失望から「ネタ芸人への昇華」への、ほんの挨拶代わりにしか過ぎなかった。

ライトを守らせれば初動が遅い上に、巨体から来るもっさり感全開の貫禄タップリな捕球動作で数々の「取れているはずの打球」が外野を転々とし、クッションボールの処理を2択と間違えてあらぬ方向へ駆け抜け、炎上中の投手の火に油を注ぐ行為を繰り返し、どうみても届かない距離から諸積兼司直伝のダイブを敢行し、打球が虚しく後ろへ転々としたり、と球場にいる全てのマリーンズ好きを悲嘆と怒りに暮れさせた。
更に「1塁守らせておけばそう害は無いだろう」と浦和へ降格したパスクチに一塁守備を任せてみたものの、クイックの牽制球にもっさりと且つ緩やかにタッチしてみたり、打球の死んだ何でもないファーストゴロを芸術的なトンネルで後逸させるなど、彼の行う「もはや暴挙の域に達した」ネタ(と言うよりもはや伝説)は古賀監督は勿論の事、我等浦和マニアックス達にも消しがたい心の傷として残っている。
更に更に彼は浦和で三塁を守った事もある。
(wikiペディアだと遊撃もやった、との記載があるが、幸か不幸かそれだけは見ていない)
もうそれは緩慢というかやる気が皆無と言うか、G・G・佐藤の三塁守備がゴールデン・グラブ賞モノに見えるくらい、それはねた的に華麗な守備であった。

これだけ書くと「非の打ち所の無い整理対象」にしか見えないのだが、何故かボビー・バレンタインは彼を擁護し続けた。
いや、使い続けたのだ。
李承の代わりとして、フランコの代わりとして、ベニーの代わりとして、打てなくとも守れなくとも、パスクチはその度に昇格し、代役としてスタメンを張った。
他にも期待の若手がゴロゴロ浦和にいた、にも拘らず。

そして2005年末、一旦リリースされながら、新外国人獲得交渉と言う大事な仕事を忘れていた(と思われる)致命的なミスを行ったマリーンズ編成部は、パスクチの再契約をしてしまった。
今度はフランコの座を脅かすだろう、という年齢的な期待度もそこにはあったかもしれない。
しかし私が考えるに、それは「大凶」のおみくじを引いたとしか思えなかった。

2006年。

相変わらず守れず、ただ一点しかヒットポイントが存在せず、浦和と幕張を行ったり来たりしていたパスクチ。
それが突如確変したのが8月であった。
彼は幕張の祭神「初芝神」と浦和の祭神「みかん星人」を同時に勧請したに違いない。
たまたま祈ってたらそれが出てきただけ、と言う気もするが。
とにかくパスクチはその短い期間だけ、打ちまくった。
しかし勧請の方法がやはりまずかったのか、8月の末ともなると急に尻すぼみとなり、9月17日を最後に、彼の姿を見ることは無かった。

これでまた再契約、ともなればお笑い種を越えて「球団への不信」を打ち出さねばならない、とは思うが、まさかそれはないだろう。
マリーンズ優勝、という伝説に一際異彩を放つ「ネタ外伝」として、P様の伝説は「Justinism」と共に孫子の代まで語り継がれるであろう。
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